伊藤看壽対保原加茂右衛門

贋作日本昔話風。方言については突っ込まないで下さい。常田富士男の声でお読み下さい。

 昔、昔のことじゃった。奥州の伊達群保原村に、保原賀茂右衛門という将棋指しがおったそうな。子供の頃から将棋が好きで、何時しか遙、仙台にまでその名は鳴り響き、皆から「保原賀茂右衛門は鬼より強い」と云われるようになったのじゃった。界隈に相手のいない加茂どんは、この上は天下の名人宗看を打ち破って、御江戸の棋界に君臨しようという途方も無い野望を抱くようになったんじゃ。
 いよいよ御江戸に行くことになった、賀茂どんは郷里の人達の盛大な見送りを受けたのじゃった。「おい賀茂どんや、江戸さ行ったらな、きっと宗看どんとやらを打ち負かして、見事天下を取ってくれべえよ、しっかり頼むだよ」
 故郷の人達の励ましを胸に御江戸へと向かう賀茂どんじゃった。途中の将棋で知られた土地には必ず立ち寄り、はるばる奥州の片田舎から鬼の首を取りに御江戸に上ると聞いて、行く先々で歓迎されたそうな。
 宝暦六年の正月、ようやく憧れの御江戸に着いたのじゃった。
「たまげただあ、流石に将軍様のおられる所じゃ、いやはや大したものだんべえ」すっかりたまげた賀茂どんじゃった。
 何はともあれ、宗看名人の屋敷へ行ってみると、またその立派なこと、当時千石の旗本にも匹敵するといわれただけのことはあったんじゃ。そこで賀茂どんはまた肝を潰してしまったそうじゃが、気を取り直して
「お頼み申しますだ。」しばらくすると、取次ぎの門人が「何ぞ御用ですかな?」とみすぼらしい身形の賀茂どんを訝しげに見ながら言ったそうじゃ。
「へえ、お取次ぎ誠に恐れ入りますだ。私は奥州保原の賀茂右衛門申す将棋好きでごぜえます。未熟者でごぜえますが、こちらの宗看先生にぜひとも一手ご指南いただきたく、くにから出てめえったしだいですだ。何卒先生にお取次ぎ願いますだ。」取次ぎの門人も馬鹿丁寧な田舎者の様子に
「わざわざ奥州の田舎からこの江戸までこられるとは、近頃珍しい棋道熱心なお方だ、早速先生にお取次ぎいたしましょう。」といって奥に引っ込んで、又直に出てきて
「先生がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」といって賀茂どんを邸内に案内したそうな。
磨きこんだ廊下、立派な庭どれをとっても格式が感じられ、賀茂どんは自分の足跡さえ気にしながら導かれたそうな。
 「さあこちらへ」と案内されたのは30畳はあろうかという稽古部屋じゃった。既に幾人かの人達が黙々と対局しておったそうな。そこに敷き詰められた、賀茂どんが生まれて初めて初めて見たオランダ渡来の絨毯を含め、辺りの豪華な様子にすっかり肝をつぶしてしもうたそうな。
 「賀茂右衛門殿とやら、遠路はるばるよく見えられた。棋道ご熱心のご様子、宗看ほとほと感服仕った。では、早速この宗看対局のお相手をいたそう。」と宗看が云った時のことじゃった、「賀茂右衛門殿とやら、拙者は宗看の弟の看壽、手合の儀は先ず拙者がお受け申す。」と突然賀茂どんは呼びかけられたのじゃった。(これが音に聞こえた看寿だな、棋力は兄の宗看名人に劣らないそうだな、すると宗看の脇にいるのは看恕で、他の門人達も相当知られた人達だな)と思いながら賀茂どんは
「へえ、あめえ様があの有名な看壽様だか、おらは保原の賀茂右衛門、どうぞ宜しくご指南願いますだ。」


  ここで棋譜を並べて下さい

棋譜を並べてから以下の文章をお読みください


賀茂どんの「参りました」を聞いて看壽「とても四枚の手合ではござらぬ、次からは平手でも良いかもしれませぬな」そして後ろで見ていた宗看名人「賀茂右衛門殿では続いて拙者と対局いたそう。」
と賀茂どん「とんでもねえ、世の中が広いことがよく解りましたでごぜえますだ。早速国さ帰って、修行をしなおしますだ。」と宗看名人他の人達の引きとめるのも断って、賀茂どんは国に帰っていたそうな。
 その後精進して再び御江戸に上った、賀茂どんは宗看名人から四段を許されたそうな。
 メデタシ、メデタシ。
オシマイ


管理人のコメント
 はっきり云ってあくまで、お話ですから、あまり本気で読まないでくださいね。で「カモエモン」の字なんですけど、「加茂右衛門」「嘉茂左衛門」「賀茂右衛門」とか色々な表記があって、どれが本当かよく解りません。
絶妙では加茂としていますが、こちらはお話であるので、あえて別の字を使いました。
 よくいるじゃないですか、大河ドラマを本当の歴史と錯覚している人が、それは避けてもらいたいです。
 いずれにしろ、本局は四枚落ち史上最高の名局と思います。
 賀茂どんが四枚落ちで二枚落ち風に指したのは、当時四枚落ちの定跡が書かれたものが殆んど無かったからだと思います。私の知る限り、福島萬兵衛の「将棋珍手撰」くらいしかない。後の天野宗歩でさえ四枚落ちの下手では二枚落ち風に指していますから。
 そして、もう1つ、当時はどうやら入門将棋(無段と第一人者の手合)は四枚落ちだったみたいです。今みたいに二枚落ちからで無いのは面白いけど、考えてみると私も駒落ちの上手で二枚落ちをよくやりますが、殆んど上手が勝ちます。やはり四枚落ちという手合いも軽視せずに見直すべきではないかと、この棋譜を並べ直して実感しています。みなさんは、どうお考えでしょうか?

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